「"ビフォーアフターの線"と言われるような世界観の変化をつくりだす」アンドパッド今井亮介氏が語る、クリエイティブとビジネスの統合の先

2021-09-30

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目次

    「幸せを築く人を、幸せに。」をミッションに掲げ、建築・建設産業をテクノロジーの力で後押しする企業、アンドパッド。建築士・設計事務所出身と異色のキャリアから、VP of New Businessとして同社の新規事業部門、ANDPAD ZEROを牽引する 今井亮介(Ryosuke Imai)氏のこれまでのキャリア形成と意思決定の軸、今後のビジョンに迫ります。

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    今井 亮介(Ryosuke Imai)/ VP of New business
    一級建築士。慶應義塾大学大学院卒業後、建築士として国内外の大規模開発に携わったのち、コンサルファームにてブランド開発のプロジェクト・マネージャーとして従事、その後は個人で新規事業開発のコンサルティング業務を行う。2020年5月にアンドパッドに参画。建築業界とコンサル経験を活かし、現在はVP of New Businessとして同社の新規事業部門、ANDPAD ZEROを牽引する。

    アンドパッドにおける「ANDPAD ZERO」事業とは

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    アンドパッドでの今井さんの役割について教えていただけますか。

    ANDPAD ZEROという新規事業を開拓する組織を率いていまして、新規プロダクトの開発や、新規事業を顧客やパートナーと一緒に作っています。今は、10プロジェクトほど走っていますね。それとは別に、カンファレンスの企画なども行っています。

    入社されて1年半ですが、アンドパッドでの日々はいかがでしょうか?

    おかげさまで、とても面白いというか、想定していたこととズレなくやれています。入社する際も、最後の面談でCEOの稲田に対して1枚ペラで「こういうことをやればおもしろいのではないか」というロードマップのようなものを作り、提示しました。その時、話したことをずっとやっているという感じです。

    事業の立上げも、最初はスピードもそれなりにゆっくりだったのですが、徐々に増えて今は数多くのご相談を頂いているので、とても充実しています。

    「クリエイティブとビジネスを統合したスキルを身に着けたい」と考えていた学生時代

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    現在はスタートアップで新規事業を担われている今井さんですが、学生時代のときからスタートアップにいる未来を思い描いていたのでしょうか。

    正直、あまり考えていませんでしたね。

    リスクマネーをもらって、一定期間にスケールするというのがスタートアップだとして、それをやりたいとは考えていませんでした。一方、自分で事業をやることについては考えていました。

    誰もが自分で事業をすることを最初から思い描くわけではないと思うのですが、いつ頃からそのような想いがあったのでしょうか。

    祖父も父親も自分の事業をやっていたこともあり、自分で事業をすることは、身近なものでした。そのため、目指すというよりは、そういうもの、そうなるだろうという感じでしたね。

    そんな中、なぜ大学では建築を学ぶことにされたのでしょうか?

    事業をやるという前提があったうえで、クリエイティブとビジネスを統合したスキルを身につけたいと考えていました。

    大学に入る際に、何がいいだろうと考えたときに、ちゃんとお金を稼げて、長く世に残るもの、トレンドにも左右されないものという意味で、学部ではクリエイティブの位置づけで建築を、大学院ではビジネスの位置づけで、経営戦略やアーバンデザインを学びました。

    クリエイティブから入ったファーストキャリア

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    日本設計からキャリアをスタートされていますが、どういうお考えだったのでしょうか。

    大学院ではビジネスを学びましたが、今後建築を軸に何かをやるというときに、建築のプロフェッショナルではないのに、ビジネスの場で建築について語っていくのは不格好だと思い、1社目は設計事務所に入りました。

    日本設計ではどのような仕事をされていたのですか。

    入社後、1年目は国内、その後は中東・東南アジア・中国で海外の建築プロジェクトを6年ほど担当していました。

    国内のプロジェクトだと、大規模な物件を5年10年かけて実現するものがメインで、「できるだけプロジェクトを回転させて成長していきたい。」という自分の考えを実現するのは困難でした。一方、確実に実物が完成するという価値は建築士にとって当然大きなものです。

    そのような背景があったため、実現するプロジェクトが相対的に少ない海外プロジェクトに取り組みたい人間は社内では少数派でした。しかし、私が興味のあった、大枠や企画を作ってたくさんのプロジェクトを回していくことを実現するにはベストな場所でした。そしてこれがいわゆるアーキテクトの仕事だとも感じ、海外プロジェクトを志望しました。

    海外プロジェクトとなると、日本と勝手が違うところもありそうですが、印象的だったことなどあれば、お伺いしたいです。

    いろいろ面白かったですね。例えば国際コンペでは、提出される模型のテイストがアメリカやドイツなど、国によって全然違います。自分のチームにしても、多国籍で多種多様なバックグラウンドをもつメンバーがチームでコンペをやるというのもすごく刺激的でした。

    また当時UAE・中国・ベトナムなど様々な国に行きましたが、タクシーで街中を走っていても、どこも建設ラッシュで、街のエネルギーをめちゃくちゃ感じていました。バブルや高度成長期の日本も多分こんな感じだったのだろうなという印象を覚えています。

    クリエイティブ×ビジネスの世界へ

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    日本設計では、非常に濃い経験だったかと思いますが、どんなきっかけで次に行こうと思われたのですか?また、そのときはどういう選択肢を考えられていたのでしょうか。

    一通り、会社に貢献でき、自分がやりたかったこともできたな、と思ったのが1番のきっかけです。

    選択肢としては、大学生のときにクリエイティブとビジネスを統合したロールモデルとして、建築版のIDEO(アメリカに本拠地を置く、デザインコンサルタント会社)をイメージしていて、次のチャレンジはIDEOのような場所を探していました。ただ、なかなかそういった会社は見つけられませんでした。

    そんな中、たまたま検索をしていて見つけたのが、当時格安航空会社のブランディングで大手広告代理店にもコンペティションで勝って、トータルでブランディングしていたり、知名度の高い小売のブランドをゼロから作るなどで話題だった株式会社シー・アイ・エー(以下、CIA)でした。

    まさにクリエイティブとビジネスを統合した事業を展開している企業で、こんなに自分の思想と合うところは、他にないだろうと考え、CIAに入社しました。

    当事者になってやっていくことの面白さ

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    実際に入られてみて、いかがでしたか?

    めちゃめちゃ面白かったですね。入社してすぐ担当したのが、ミールキットのECサービスを展開している企業の実店舗を吉祥寺に作るプロジェクトだったのですが、ECサービスだとなるべく情報を削ぎ落とす傾向があるため、世界観があまり出せないんですよね。

    ですので、実店舗に落とし込んだときに、どういう世界観を作るかを定義していかなければなりません。経営戦略・事業戦略から伴走して、ブランドを定義し、食事のメニュー作り・ポップ作りまで、一気通貫で一通りやれる、というのが非常によかったです。ここは今に通じるところもありますね。

    様々なプロジェクトを担当されたと思うのですが、その中でも印象的なプロジェクトについて教えて下さい。

    クライアントと長くがっつり一緒にやったプロジェクトですね。

    半年でプロジェクトを立ち上げて終わり、というような単発案件も多かったのですが、やはり半年ぐらいだと、お互いお客様とコンサルタントとしての関係値に閉じてしまいます。

    ですが、1年を超えてくるプロジェクトになると、社内のブランディング部の部長みたいなポジションになっていきます。社内の困り事も聞きますし、資料を作って提出ではなくて、私が入っていき、何かを動かしていく、というような世界に変わっていくんですよね。

    自分自身が当事者となってやっていく方が面白いということですね。

    やっぱりオーナーシップを持ってやらないと、プロジェクトってうまく進まないと思います。「こうやってくださいね」と言って、できる人ばかりじゃないからコンサルティングを発注しているのに、コンサルタントが「いや、ここまでなんで」と切ってしまったら、なにも意味ないじゃないですか。

    だから中にぐっと入ってやる、ということをずっとやっていて、それは今のアンドパッドでも同じですね。これで動かないんだったらやるしかないよねみたいな。

    1社、3年ほどお世話になったお客様がいて、新規事業の立ち上げも担っていたのですが、コンサルタントとしてサポートする新規事業というより、本当に「社内の人」と言えるような立場で、新規事業を作っていました。

    それがとても面白くて、後半はそういう案件しかやりたくないと考えていました。

    クリエイティブとビジネスを統合したスキルを身につけてみて

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    その後独立されていますが、どんな取り組みをされていたのでしょうか?

    CIA在籍時に自分の会社を設立し、自分でも案件を受けると共に、スタートアップを作ろうと事業づくりに取り組んでいました。

    戦略的に業界を選んで、そこの業界の負に対して何かを作るというよりは、自分がとても良いと思ったものを作ったら、そこから広がるんじゃないか、というプロダクトアウトの思想で、取り組んでいました。

    ですが、やはりスタートアップは根底は「どの業界のどんな負を解決するのか?」を原動力として戦略を考えていかないと、そもそもやりたいことはできない。私のプロダクトアウトの思想は違ったということに、6年ほどやってみて気づきました。やりきったからこそ、そこは清々しく違ったということが、確信をもって言えるんですけど。

    そこから、ご転職を考えるに至ったきっかけはなんだったのでしょうか?

    学生のときに、クリエイティブとビジネスを統合したスキルを身につけられたら一生楽しめると考えていたのですが、その形を実現できたので、この先どうしようと思ったことがきっかけでした。

    アンドパッドとの出会い

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    ご転職を考えられているなかで、アンドパッドとの出会いについて教えて下さい。

    次のステップを考えたときに、ハンズオン型で支援に入っていくベンチャーキャピタルか、ソーシャルインパクトを与えられるスタートアップかで考えていました。

    そんな中お会いしたのが、フォースタートアップスさんのシニアヒューマンキャピタリストでした。様々なスタートアップの案件を紹介していただき、提案の幅の広さに率直にすごいな、さすがだなと感じたことを覚えています。

    私はたくさん面接を受けるタイプではないので、壁打ちしながらやり取りを繰り返した結果、ご紹介いただいたのがアンドパッドでした。

    最初アンドパッドを紹介されたときの印象はいかがでしたか?

    「そういえば建築をやってたな」と(笑)。

    過去6年で、飲食、小売、インフラ、金融、医療、航空など本当に幅広く業界に関わっていたため、本当に最初は「建築業界」という選択肢は明確にはありませんでした。そんな中でソーシャルインパクトがあるところに行きたく、いろいろな領域の企業を見ていたのですが、あまりしっくりきていなかったなかで、「新規事業×建築」と過去のキャリアともすごく合っているんじゃないかと改めて"発見"して、面接を受けさせてもらったという感じですね。

    そこから進んでいって、最終的にアンドパッドにジョインすることにした、一番の決め手はなんだったのでしょうか?

    CEOの稲田と話をしたときに、単純に一緒にやっていて面白そうだと思いました。自分がスタートアップと新規事業のコンサルティングをしてきたこともあり、本当にゼロからここまでスケールすることと、既にアセットがある状態から事業をつくる難易度の差は実感値としてありました。まさに「その難易度を超えて今の状態をつくっている人と一緒に事業をつくっていく」こんな面白いことはないなと。

    仕事をする上で大事にしていること

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    アンドパッドに至るまでをお話しいただきましたが、ここまでキャリアを重ねてきた中で、影響を受けた人や考え方あればお伺いしたいです。

    大学時代の恩師3人の考え方には影響を受けていますね。

    建築では、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を獲った坂 茂(Shigeru Ban)さん。慶應大学や東京大学、中央大学で教授を歴任し、建築業界では伊東豊雄建築のランドスケープを数々手がけられていることでも知られている、ランドスケープ・アーキテクトの石川幹子(Mikiko Ishikawa)さん。経営戦略では、ベイン・アンド・カンパニー 日本支社長も務められていた伊藤亮二(Ryoji Ito)さん。

    3人とも世界の第一線級の方なのですが、共通しているのが、すごくシンプルな思想を突き詰め続けているところです。

    また、当時の私は建築や経営戦略などを並行して勉強していたのですが、それを見た坂さんに言われた「今井くん、僕だって建築だけをやってきて、やっと今ここにいるんだから、そんなにいろいろやっていたら何者にもなれないよ」という言葉は今も大事にしています。

    坂さんですら、一定以上の幅をやると、キャパシティーオーバーになり、超一流の深さができなくなってしまう。私の場合は既に「幅」を広げてしまっているので「深さ」は必然的に浅くなります。だからこそ、「幅x深さ」で最高のパフォーマンスを出し、体積として坂さんと同等にできているか?をいつも振り返り考えています。幅を広げすぎないよう、深さを深めすぎないよう、このバランスが最大の課題です。

    他のお2人にも同じようなことを言われたことがあり、任せるべきところは任せ、あまりにも何でもやらないように気をつけています。

    今後のANDPAD ZEROについて

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    最後になりますが、今後どういう人達と一緒に働いていきたいですか?

    ANDPAD ZEROが掲げているミッションとして、10年後に「ここのビフォーアフターの線は、アンドパッドによって生まれたよね」と言われるような "ビフォー/アフター アンドパッド" という世界観の変化をつくること。そのために何ができるかを常に考えよう、という話をメンバーにはいつもしています。

    それを達成するためにどういうメンバーが必要かというと、もちろん建築業界のバックグラウンドやこの業界に興味を持っているということも大事なのですが、一番大事なのはオーナーシップを持ち、ちゃんとやりきる気概を持っていることです。

    ここまでやったら大丈夫という人ではなく、やりきる。足りない部分は自分が学んででも、やっていく。また、それを楽しめる人と一緒に働きたいなと思いますね。

    EVANGE - Director : Koki Azuma / Creative Director : Munechika Ishibashi / Writer : Akinori Tachibana, Tomotsune Amuro / PR : Hitomi Tomoyuki, Megumi Miyamoto / Photographer : Hayato Jin
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